親族や社員達が、続々と集まってきている。 

街中から少し離れた、小さな丘の麓にある屋敷の中は、奇妙に活気づいていた。

検死がまだ終わっていないため、通夜は明日以降になる。

それでも、葬儀や死後の手続きをとどこおりなく行うため、親族をはじめとして大勢のひとが集まり、駆けずり回っている。

この家の主が死んでも…いや、死んだからこそ、ここは今こんなにもにぎやかだ。

忙しく立ち働いていなければ、思い出して泣き伏しそうになるから。

人の死を儀式にすることで、対象者の死を否応なく認識させ、忙しさにまぎれることで悲しみを癒していく。

きっとそのために、葬儀というものはあるのだろう。

 

 そんな中、僕は騒ぎの真ん中で、ぽつんと座っていた。

僕は喪主ということになるわけだが、だからといって別に何もすることがあるわけではない。

悲しそうな顔をして、うつむいてじっとすわっている。ただそれだけ。

実際問題、いまの僕にできることはこれくらいだ。

面倒なことは親族がやってくれる。というより、たかが18歳の喪主に何かを期待するほど親族が楽天的ではなかったということだろう。

 

 …だから、僕は両親の死を、そのまま受け止めることしかできなかった。

 

 

 

  僕は両親が死んだことに、まだ実感が持ててはいなかった。

ここにこうして座っていることも、まるで鏡の向こう側の出来事のように、うつろにしか感じられない。

 今でもそこのふすまを開ければ、いつもどおりの両親の姿が見えるような気さえしている。

 そんなことは、二度とあるはずはないのに。

 

 

 そして僕は呆然としながら、考える。

父と母の命を奪った、あの事故のことを。

 

 二人が事故にあった、そこまではわかる。認めたくはなかったが。

しかし、なぜその時、よりによって芹沢の当主夫妻と一緒にいた?

そして…

 

どうして、その時に限って、事故が起こった?

 

思わず、身を震わせた。

僕は今、何を考えていた?

あの事故を、誰かが起こさせた、とでも?

あたりを見渡す。

 相変わらず、親族が忙しく立ち働いているのが見える。

親族といっても、それほど数はいない。父の弟にあたる、雄策叔父と、その妻…奈津美叔母。同じく父の妹に当たる和江叔母と、夫の康彦叔父。

それ以外は遠縁で、ほとんど顔を合わせた事もない。

 その四人は、今も当主である僕の代わりにこの場を取り仕切っている。

 ほかには、会社から派遣された社員が何人か。専務の園村さんや、常務の度会さんの姿も見える。

といっても、地方の大企業の例に漏れず、桐生グループも同族経営だった。

特に会社のものが力を持っているわけではない。

あくまでも桐生一族が力を握り、株も握っている。

これからは、この四人が主体になって会社を運営していくことになるだろう。

 

 おそらく、一番両親が死んで得をしたのは、僕以外ではこの人たちだ。

 

これまで、会社の中でごたごたがおこっている、などということは一度も聞いたことがなかった。

両親はそんなことを言う人ではなかったし、特にうわさも流れてこなかった。

もちろん、うわさを僕に告げなかっただけ、ということも考えられるが、たぶんそれはないと僕は思っていた。

なにしろこの街には芹沢がいる。明白で強大な敵に対抗するため、同族間の結束がなにより求められた。

だから、ほかの会社よりは、ずっと団結はしている。会社の中で揉め事など起こしている暇は、ないはずだった。

けれど…

 

ばかばかしい、と笑い飛ばすには、異様な説得力があった。

 

 

 

「ばかばかしい」

声に出して、つぶやいてみる。

あんな事故を、どうやって起こさせたんだ?

今回の事故はほとんど出会い頭のようなものだ。

どう計画すれば、あの場所で、わざわざ衝突させられる?

しかも、今回の事故では、加害者ももろともに谷底に転落してしまっている。

両親がそこまでの恨みを買っていたとは、さすがに考えたくない。

けれど、もしも。

 

「…ばかばかしい」

もう一度、声に出してつぶやく。

それでも、不安は去ってはくれなかった。

 

 

 

  人波の向こうから、妙な来客が現れた。

警官だ。事故現場であった北島と…もう一人、知らない男。

「県警の永井と申します」

一寸の隙もなくスーツを着こなした男は、そういって頭を下げた。

「検死はいつ終わるのかね?」あいさつもそこそこに、雄策叔父が尋ねる。

「こちらとしては、すぐにでも通夜を始めたいところなのだが。遺体が警察から帰ってこないことには、どうにもならんのだ」

あたりの親戚が、皆うなずく。

 

永井は恐縮したように頭を下げた。

「申し訳ありません。明日にはご遺体をお返しすることができるはずです。現在、鋭意捜査中ですので、もうしばらくお待ちくだされば…」

「捜査?」

康彦叔父が、顔をしかめた。

「解剖ならともかく、何を捜査するんだ?」

 園村さんも、首をひねる。

「あの事故に、何か不審な点でも?」

「いやまあ、そういうわけではないんですがね」

手をひらひらと振りながら答える永井に、雄策叔父がいらだった声で問う。

「じゃあ、いったいなんのためかね?」

その声に、永井はいっそう恐縮したような声で答える。

「現在県警としては、事故と他殺両面での捜査を行って…」

 

「他殺!?」

まったく予想していなかった人も、何人かはいたのだろう。

広間のあちこちから上がる驚きの声。

「どうしてまた…」

その声を代弁する形で、康彦叔父が尋ねた。

 

答えたのは、今度は北島のほうだった。

「やはり、両家の当主が同じ車に乗っていたことが疑問点としてあります。両家の仲は我々もよく存じておりますし」

こんな時にも関わらず、広がる苦笑。

「それなのになぜ、両家のトップが同じ車に乗っていたのか。しかも、その時に限って都合良く事故など起こるものなのか。

しかも、場所は鷹ノ背峠です。あそこ自体、普段はそれほど交通量が多いわけでもない。あの道は神渕町で行き止まりですし、神渕もそんなに大きな町ではない。両社ともに、重要な利害があるわけでもない。

偶然が、重なりすぎているんです。

それを考えれば、まだ他殺の線をはずすわけにはいかんのですよ」

さっきの僕の想像とほぼ同じ内容を、出てもいない額の汗を拭いながら、北島は苦しそうに弁明した。

 

「しかし、そうするとタンクローリーの運転手が意図的に事故を起こし、自分も死んでしまったと言うことになります。

そんなことをする理由が、何かあったのですかな?」

雄策叔父の問いに、永井は首を振る。

「それは現時点ではまだわかりません。

しかし、自殺と言うには不審点が多すぎる」

永井の思いきった言葉に、親族一同の顔に不安が広がる。

「それでしたら、その運転手の行動を調べれば済む話でしょう」

俊彦おじの言葉に、何人かがうなずいた。

「それはもちろん。しかし、彼にそこまでの動機があるとは考えにくいのですよ」

北島の発言に、血の気が引いた。

…ということは…

「とすると、どういうことになるんですか?」

思わず、質問していた。

 

二人は答えない。

それが、彼らの考えを何よりも雄弁に物語っていた。

誰か、動機のあるものが、何らかの方法であの事故を起こさせたのではないか、と。

それもおそらくは、利害関係のある者が。

 

「芹沢ですか?」

園村さんの声も、かたくひび割れている。

「その可能性も、もちろんあります。あちらの新当主…芹沢柚流さんでしたな…からもいずれ話を伺います。しかし、あちらもこちらと同様、当主を失ってしまっている。条件は同じです。

どちらかが犯人と決めつけることは、今は出来ません」

冷静な態度のまま、永井は答える。

それがまた、親族の苛立ちを高めたようだった。

 

「奴らがやったに決まっているだろう!」

雄策叔父の声がする。

その権高な調子にむっとしたのかもしれない。永井はいっそ冷たいほどの声で言った。

「それでは説明できない点も、いくつかありましてね」

これまでどれだけ穏便にことを進めようとしていたとしても、この彼の言葉は、そのすべてを台無しにするようなものだった。

 

彼らはつまり、こういっているのだ。

この中に、両親を殺した容疑者がいるかも知れない、と。

 

 

今度こそ本当に、会場の雰囲気は一変した。

お互いに、疑いに満ちたまなざしで相手を眺めやる。

もちろん、僕にも遠慮ない視線が突き刺さる。

たぶん僕も同じような目で親族を見つめているのだろう。

さっきまで、葬儀のために忙しくも協力していた姿は、今はない。

一族の団結など、もはやお笑いぐさでしかなかった。

 

この流れを、二人の刑事はやや困惑したような顔で見守っている。

といっても、その奥の目は笑っていない。

ただ冷徹に、目の前の狂態を見つめている。

それがまた、しゃくに障った。

 

今の台詞は…いや、さっきからの警官の行動は、おそらくわざとだ。

ここでのようすを観察し、混乱を助長して、そこから手がかりをつかむつもりだ。

 

わかっていても、打つ手は見つからない。

それに、僕自身、彼らの言葉に衝撃を受けている。

さっき考えていたことは、ひょっとすると真実かも知れない、ということに。

 

「いくつか伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」

しばらくしてから、永井がいう。

「すでに皆さんの当日の行動はお聞きしましたが」

その言葉で、現場に行く途中の北島との会話がよみがえる。

(あれが、そうだったのか)

あのときは、事故現場につくまでの、ただの場つなぎの会話だと思っていたけれど。

 

…寒気がした。

彼らは、やはりプロだ。

よくドラマなどでは事情聴取のシーンが出てくるが、まさかここまで鮮やかなものだとは思っていなかった。

 

けれど。

(鮮やか過ぎる)

彼らに任せていたら、この先何が起こるかわからない。

今もそうだが、鋭すぎて、隠しておきたい暗部まで暴いてしまいそうな、そんな気がする。

それが警察の仕事なのだろうから、余計に。

そう、「余計に」だ。

いろいろと、公になるとまずいことはある。

もちろん、僕個人にも。

そんな弱みを彼らに探られるわけには行かなかった。

 

 

目の前の親族達は、永井の言葉にも動く気配を見せない。

ただ、にらみ合うだけだ。

小さく溜息をつく。

彼らは当てにならない。

 

「とりあえず、必要なことだけ聞いてもらって、早めに終わらせましょう。僕としては、一刻も早く父と母を弔いたいんです」

僕の言葉で、やっと彼らはにらみ合いをといた。

一人づつ分かれて、何人かの刑事に質問を受けていく。両親に恨みを抱いていた人物、揉め事は、その相手は。

月並みだが、刑事ドラマでしか聞いたことのない質問。

といっても、あまりはかばかしい回答があったとは言えなかった。

なにしろ、質問に対する答えはすべて、判で押したように「芹沢」だったのだから。

しばらく無益な質問を続けてから、やがて、あきらめたようすで北島が首を振った。

 

「またお話を伺うことがあるかもしれませんが、今日のところはこれで」

「もうよろしいのですか?」

園村さんが、やや拍子抜けしたようにつぶやく。

「今日はもう、これ以上は無理でしょう。明日以降、なにかありましたらまた話を伺いますが、今日は皆さんお疲れでしょうし」

北島の言葉に、永井も小さくうなずく。

少しだけ、親族に安堵の雰囲気が流れた。

礼を言い、刑事たちが帰りかける。

 

「ところで」

帰りしな、永井が突然振り返り、こちらに問うた。

「こちらの社長が亡くなられたわけですが、次の社長はどなたになるのですか?」

まったくの世間話、という体で、しかし一番デリケートな質問をする。

この瞬間、僕はこいつを嫌いになることに決めた。

 

「まだ、社長が亡くなられたばかりです。そういったことは今後、落ち着いてから決めることになります」

園村さんの答えに、永井はさらに食い下がる。

「しかし、当面の業務を引き継ぐ人は必要でしょう。社長の代行には、どなたがなられるのですかな?」

その問いには、園村さんも口を閉ざした。

すでに、康彦叔父と雄策叔父の間に冷たい空気が流れているのが、そちらを見なくともわかる。

いったん和らいだ雰囲気は、前にもまして険悪なものになっている。

「失礼。立ち入ったことを聞いてしまいました」

わざとらしく謝罪をすると、今度こそ彼らは家を後にした。

 

 

あとに残されたのは、険悪な雰囲気のまま、ただにらみ合う親族の姿。

ため息をつくしかない僕。

こんな空気になってしまっては、ひょっとして関係の修復は不可能かもしれない。

まったく、仕事とはいえ警察もとんでもないことをしてくれる。

 

とはいえ、刑事が指摘して僕も気づいていた、事故の不審な点。

あれに気がついたのは、僕だけじゃたぶんない。

みんな、うすうすは気づいていたからこそ、あんなにも動揺したんだ。

とすると、この混乱を収めるためには、どうすればいいか。

 

叔父たちは動きそうもない。園村さんや度会さんも、一族の争いの仲裁は難しいだろう。

だったら…

僕が、何かをしなくちゃいけない。

両親がいなくなった今、僕が当主ということになる。

だから、当主として親族を、守らなくちゃいけない。

 

 

とりあえず、僕に出来ること。

桐生の当主として、僕のやるべきことは。

 

両親の死の真相を、探すこと。

望ましい結論なら、ありのままを。

望ましくない結論なら、望ましい結論を、「作り上げる」こと。

せめてこの結論から、新たにひとが傷つくことのない結論を。

 

 

ここまで考えて、思わず苦笑する。

「事実よりも、もっと説得力のある嘘?」

そんなもの、あるわけがない。

目の前のようすを眺め、もう一度溜息をつく。

まずは事実をつきとめることだ。そこまでいかなくても、無用な争いが起こらない程度の真相を。混乱が上手く収まってくれる程度の。

 

……あまりもてなしのいい結論は、出そうにもなかったけれど。

 

不意に誰かに、会いたくなった。誰かに、話を聞いてもらいたかった。

なにもかもぶちまけて、思い切り泣きたくなった。

 

 

どんなときでも、必ず味方になってくれるはずの人。

 

 

ひとりだけ、心当たりがあった。

 

まわりに気づかれないように携帯を取り出し、体で隠しながらそっとメールを打つ。

「来てほしい。一息ついたら」

一言だけのメール。

平静な顔で、祈るような気持ちで。

 

それがすむと、僕はまたにらみ合いの場へと戻った。

この場を収めるには、まだ力不足だということくらい、わかってはいたけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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