凍りつくような雰囲気のまま、仮通夜が終わった。

こわばった顔のままで、親族は黙然と引き上げていく。残ると申し出た人もいたけれど、無理を言って帰ってもらった。

今の雰囲気のままで、両親を弔ってほしくは、ない。

明日どうなるかは、考えたくもなかったけれど、僕の関心はもうそこにはない。

一息入れて、辺りを見回す。

さっきまでにぎわっていた屋敷にも、今はもう僕しかいない。

それを確かめると、僕はもう一度あたりを見はからい、そっと裏口のドアを開けた。

 

裏口から延びる道は、山の端に沿って曲がりくねり、ずっと先のあぜ道に続いている。その山側の脇、何体かの地蔵の後ろにちょうど隠れるようにして、苔むした石段がある。

石段といっても、もはや廃道に近い。ごろ石がしかれていたはずの道は、雨風に吹かれ、今にも崩れそうな状態だ。いや、何ヶ所かは、実際に崩れている。足を踏み外さないよう、慎重に歩く。といっても、このあたりは通い慣れた道だ。足取りは速い。慣れていないものなら、誰もついてはこられないほどに。

 

こんなところに古い石段がある理由も、そしてそれが荒れるにまかされた理由も、僕は正確に知っていた。

この道ができたのは、古い。

山頂にあった小さなお宮の、参道なのだ。といっても、もうずっと昔から、参拝するものはほとんどいなくなっている。

このお宮のある山を挟んで、西が桐生の家、東が芹沢の家になるからだ。

 

もともと古い集落は、山を背にしてふもとに家を作ることが多い。水も得やすいし、薪も肥料も取れる。防衛にも有利だし、耕地も広く取ることができる。

そして力の源たる山に一番近いところに、もっとも力のある者の屋敷が立つ。

この場合、西の集落の有力者が桐生、東の集落の有力者が芹沢になる。

そこまでは、よくある話だ。

問題は、この山を挟んだ二つの家が、とてつもなく仲が悪いことだった。

旧い旧い、それこそこの地に人が住み始めてからずっとここを守護してきたはずの社も、新しい土地の守り手の争いの前には、なすすべもなかった。

両家にしてみれば、こんなところの社をどちらかが取ったら、居心地が悪くて仕方ない。何度かの不毛な争いの末、暗黙の了解で、ここは放置されることとなった。

両家はそれぞれ別の場所にお宮を祀り、この古い社がただ朽ち去るのを待ったのだ。

 

そうして、幾世代かが経った。

鳥居は朽ち、社殿は崩れ、草は生い茂り、それでもなおご神木だった楠だけは、昔と同じように青々とした葉を茂らせている。

その楠の裏手、すっかり育ちきった木々の影になる場所に、大きな岩がある。たぶん、ここに人が住み始めた頃は、これも信仰の対象だったのだろう。磐座というやつだ。といっても、いまではどこにでもある大きな岩に過ぎないけれど。

その上の、ちょっと乾いたところに腰掛け、僕はもうすぐ来るはずの人を待った。

 

なかなか来ないけれど、焦りはしない。

待つことは、慣れている。

空を見上げると、雲が切れ、月明かりがのぞく。さっきまで降っていたはずの雨は、もう上がっている。

 

この場所からは、いろいろなものがよく見える。

西の桐生の集落、東の芹沢の集落、そして南の、霧原の町。華やかとはいいがたいけれど、それでも光は木々のすきまからここまで届く。

南に参道はないから人はここには来ないけど、そうでなければ夜景の名所として、とても有名になっていただろう。

人の住む町の、あかりの上を散歩するのは、いつやっても不思議な気分だ。

 

街の喧騒は、ここまでは届かないけれど。

地の光は、夜空よりもほんの少し華やかな星座として、夏の夜を明るく照らし続ける。

……その光の中には、たくさんの人の暮らしが渦巻いている。

三ヶ月前にこの街を出るまで、僕だってこの明かりの中の一員だった。

この小さな星座の中だけが、すべての世界だった。

 

そして朝になれば、この盆地をぐるりと囲む山並みから、いっせいに霧が立ち上り、そしてこの街をすっぽりと覆う。

確かにこの盆地の、街の名前として、「霧原」以外は考えられないだろう。

どんなものでも覆いつくす、白くつかみどころがなく、そのくせ強固な防壁に囲まれた、この小世界には。

 

 

しばらくして、小さな足音が、山の反対側から聞こえてきた。

街灯ひとつないこの参道を、ここまで登る人はまずいないけど、用心して僕は幹の陰に隠れる。

 

ご神木の前で、小さく柏手が鳴る。

一回、二回…三回、四回。

五回鳴ったところで、僕はゆっくりと、やってきた人影のほうに向かう。

そのとたん、何か柔らかいものが腕の中に飛び込んでくる。

あわてずに、しっかりと抱きしめる。

それは、僕の腕の中で、大きく声を上げて泣いた。

「孝ちゃん、孝ちゃん…」

何度も何度も、繰り返し僕の名前を呼び続ける彼女。

どんな場所でも、いつも冷静に、胸を張っていた彼女の姿は、どこにもなかった。

 

僕の目からも、何か熱いものが流れていたけれど。

それを無視して、言葉ごと、抱きしめる。

もう決して、離さないように。

「ただいま、柚流。…芹沢さん」

 

 

 

岩の上、辺りからは死角になるようなところに、並んで腰を下ろす。

何年か前に見つけた、ここが僕と柚流の居場所だった。

月明かりの下に、彼女の姿が浮かび上がる。

すらりとした長身に、流れるようなつややかな黒髪、どこか意志の強さを感じさせる眼。

その顔にも、今はあまり生気がない。

 

「…ごめん」開口一番、柚流は言った。

「何が?

「事故の現場で、無視しちゃって……」

「ああ」なるべく柚流が安心するように、笑ってみせる。

「あれは、いいんだよ。もし逆の立場なら、僕だってそうした」

「でも、せっかく謝ってくれたのに。孝ちゃんはなんにも…」

「いいんだって。もしあの場所で柚流がうかつに返事でもしたら、そっちの親族の反発で手がつけられなくなってた。わかってるよ」

僕の言葉に、柚流は少しだけほっとした表情を見せる。

「それより、僕のほうが謝らなくちゃいけなかったかもね」

「どうして?」

「あの場所で僕が謝っても、柚流が返事できないことはわかってたから。柚流だけ悪者にしたような気がしてさ」

「そんなこと、ないよ。孝ちゃんがあそこで謝らなかったら、それこそ悪い噂が立ったかもしれないよ。だってあの時車を運転してたのは…」

柚流の声が、途切れる。

「……ごめん、孝ちゃん。孝ちゃんのお父さんが悪いわけでもないし、孝ちゃんが悪いわけでもないのにね。……でも……」

「いいよ」とは、言えなかった。

でも、なにか言わなければいけないような気がした。

「まだ、よかったのかもね。『事故』だったのは」

僕の言葉に、柚流が顔を上げる。

「そのせいで、とりあえずは最小限の衝突ですんでる。これで、どちらかに原因があったり、もしも殺人だったとしたら、血が流れてもおかしくないよ」

 

事故現場の有様を、思い出してみる。

あれほどの惨事にもかかわらず、二つにわかれた遺族は、交じり合おうとはしなかった。

罵り合いの声すらしない。ただ、凍てつくような敵意。

お互いに分別はあるつもりでいるから、表立っての激突は無い。魂の底からの侮蔑があるだけ。

思い出して、またため息をつく。

「どうしたの?」

柚流の声。

「いや、なんでもないよ」

到底信じたとは思えないけど、それきり彼女は追及をやめた。

 

お互いの家の状況を、手短に交換し合う。

といっても、来た刑事も同じ、起こったのも同じ事。

まずいことに、芹沢側も、有力な親族は二人いて、警察も全く同じ手を使ったらしい。

おかげで親族内は大混乱し、これからの見通しが全く立たなくなっているそうだ。

話し終えてから顔を見合わせ、軽くため息をつく。

せめてお互いに連絡さえ取れていたら、少なくとも片方の家は対策を立てられたはずなのに。

まあ、そうなったら警察もまた別の手を使うだろうけど、それでもここまでいいようにされることはなかったはずだ。

 そのことがわかっていても、どうにもならないけれど。

 パイプがないんだ。なにかあってからあわてて連絡を取ろうとしても、どうにかなるわけがない。

 

「これから、どうなるのかな」

柚流が、ぽつりとつぶやいた。

「どうなるって、どうにもならないよ。お決まりのコースさ。後継者争いが始まる。争いの中心は、僕と柚流だろ」

「そうだよね。父さんたちの株があるもんね」

といっても、実際に僕たちに何かできるわけはない。年齢も経験も実力も、何もかもが足りない。

たぶん、親族の誰が僕らを手に入れるかで、相続の場は荒れに荒れるはずだ。

僕らはまだ成人じゃない。後見人になれば、僕らの持つ株を通じて会社の実権を握ることができるから。

「…危なくなりそうだったら、すぐに呼んで。どこにいても、飛んでいくから」

飛んでいっても実際には何かできるわけじゃない。その前に、家に入れてももらえないだろう。

そんなことはお互いわかっているけれど、でも、約束せずにはいられなかった。

柚流も、黙ってうなずく。

そのまま、沈黙が流れた。

 

 

しばらくして、柚流がかすかに微笑んだ。

「そういえば、孝ちゃんに会うの、ずいぶんひさしぶり」

「そうだな…」

最後にここに来たのは4ヶ月前。僕が東京に行く前の晩。

「あの時は怒ってたよな、柚流」

「孝ちゃん、逃げるんだと思ってたから。この街からも、家からも、……わたしからも」

柚流の声には、かすかに苛立ちが混じっているように聞こえた。

 

目をそらす。

柚流の言ったことは、間違ってなんかない。

柚流から逃げることだけは、頭の隅にもなかったけれど。

 

「どう、東京は?」探るように、柚流が尋ねてくる。

「いいよ。なんていうか…すごい楽なんだ」

「楽?」柚流が不思議そうな顔をした。

「うん。ここまで楽でいいのかって思うくらい、楽。今までの暮らしっていったいなんだったのかって、たまに思うよ」

何か問いたそうな柚流に、続けて説明する。

「ここだとさ。どうしても、自由に身動きできないところがあるじゃない。いつだって、人の目を気にしてなきゃいけなかったし、やりたいことだって、できないことがいくらでもあった。それが、ないからね」

「水にあったの?」柚流の声に、うなずく。

「世界が広がった、からかもしれない。別に東京じゃなくて、大阪でも名古屋でも、ひとが集まる都会なら、どこだってそうだろうけど」

「東京って、そんなにいいところなの?」

「僕にとってはね。東京の人なら、大阪や名古屋や、ひょっとすると霧原の方がいいんだとは思う」

「そっか」柚流の声に、どこか寂しそうな響きが混じる。

そんな彼女に、僕は言った。

「あの時も言ったけどさ。

…来いよ、東京に。

学校は同じじゃなくていい。それより、うんと離れたところ。

逆の方角の大学に通って、家だけ近くにすればいい。

三年間、ずっと一緒にいよう。

そこで考えればいい。

…その先もずっと、一緒にいられる方法を」

柚流が、一瞬泣きそうな顔になって、それから大きくうなずく。

 難しいことを言っているのは、よくわかってる。

 前に会ったときよりも、さらにそれが難しくなっていることも。

あの時だって、四年あれば何とかできるなんて思っていたわけじゃない。でも、今みたいに目の前にすぐに現実がつきつけけられる状況など、考えもしていなかった。

けれど、この約束を取り消す気にだけは、どうしてもなれなかった。

 

考え込んだ僕を見て、柚流はゆっくりと立ち上がった。

そのまま、今度は僕の後ろへと腰を下ろす。

柚流の背中が、僕の背中に。

お互いの重みを感じながら、後ろ手に掌を重ねる。

ずっと昔、まだほんの子供だった頃からの、信頼をあらわす儀式。

 

「ね、貴ちゃん。はじめてあったときのこと、覚えてる?」

しばらくそうしていてから、柚流が小さく尋ねてきた。

「もちろん」

忘れるわけがない。

たった一つの居場所を見つけた日、だったんだから。

 

 

 

あれはまだ、僕達が幼稚園に行くか行かないかといったころだった。

その日僕達は、いつものとおり公園で遊んでいた。

そのころからすでに、ぼくらにとって芹沢といえば「わるいやつ」だった。

そしてその公園で芹沢の子供達と出くわしたとき。

何が起こるかは、もうわかっていた。

 

なんとか芹沢をやっつけた僕達が意気揚々と帰る途中で、お気に入りの帽子を落としたことに気づいて、用心しながら公園まで戻ってくると。

けがをした女の子が、プールの蔭にしゃがみ込んでいた。

「大丈夫?」

僕のさしだした手に、女の子は身をすくませて、おびえたようにあとずさった。

その行動で、彼女がだれだかわかる。

…芹沢の、女の子だ。

たぶんさっきの喧嘩の時に、仲間とはぐれてしまったんだろう。

そのまま置いて帰ることもできた。

けれど、彼女のおびえたような目が、そうさせてはくれなかった。

「たてる?」

気がつくと、僕はそう尋ねていた。

女の子はあとずさったままだ。

「大丈夫、なんにもしないよ」

そういっても、おびえたように首を振るだけ。

一歩足を踏み出すと、一歩あとずさって。

最後には、僕に背を向けて座り込んでしまった。

 

普段なら、ここで帰ってしまうけれども。自分より小さな女の子が震えてるのに、このままほおっておくのは、自分が許せないような気がした。

「あのさ…」

とりあえず、声をかけてみる。けれど、

「桐生の子としゃべっちゃいけないって、いわれてるもん」とだけいって、あとはだんまりのままだ。

どうすればいいんだろ。

 

ちょっと、考えて。

向こうを向いた彼女の背中に、僕も背を向けて。

「これから話すことは、ひとりごとだよ。

…勝手に聞こえてくるだけなら、だいじょうぶだよね」

と言っておいて、返事も待たずに話しはじめる。

「『誰だか知らないけれど』、ほっとけないよ。だから、家の近くまでは送ってくよ、『家がどこだか知らないけれど』。

…それなら、いいよね?」

 

そういって、肩越しに振り向く。

ぐしぐしと泣いていた女の子の目がまん丸になって、それから首が、ほんのちょっとだけ縦に動いた。

おずおずと手を伸ばす。

僕に負けないくらいおずおずと、彼女も手を伸ばす。

お互いの小さな手が、やがてしっかりと結ばれた。

 

涙目の女の子の手を引いて歩き出す。

「どこの子かは知らないんだからな」

僕の言葉に、女の子は目元を拭って、「うん」とだけ答えたんだ。

 

 

家に帰っても、あのことは話さなかった。

話してどんな反応が返ってくるか、わからなかったから。

ただたまに、一人であの場所に行くようになっただけ。

何回かそのまま帰ってきて、あきらめかけたある日。

あの時と同じプールの蔭で、にっこりほほえむ彼女を見たとき。

ほんとうに、うれしかったんだ。

 

「そういえば、名前はなんていうの?」何度目かの待ち合わせのあと、やっと僕は彼女に聞くことができた。

「ゆずる。芹沢柚流」女の子は、小さく答えた。

「そっちは?」

「桐生孝弘」

「じゃ、孝ちゃんだね!」

そういって、彼女は微笑む。

「でも、桐生の子としゃべっちゃいけないんだよね?

僕が心配すると、柚流は嬉しそうな顔をして、後ろに回りこんで。

「おたがいひとりごと言ってるんなら、いいんだよね?

と、背中合わせに言ってのけたんだ。

 

そのあと、通うはずの小学校が同じことがわかったけれど、教室では話さなかった。

柚流が僕よりいっこ下だから、学校では接点がない、と言う事情もあった。

だから…

会うときはひとに見つからないように、いつもどこかの物陰で。

ふたりで行く場所は、だんだん遠くなって、

そして四年か五年の時に、今の廃社を見つけたんだ。

 

それから、何年もの時がたった。

状況はちっともよくならなかったけど、僕らには関係のないことだった。

僕らには帰る場所があって、たいせつなひとがいる。

それで、充分だった。

…これまでは。

 

 

「ねえ。警察の言ったこと、覚えてる?」背中越しに、柚流の声。

「もちろん」

「殺人の疑いがあるって…」

「警察がそういうんなら、何か証拠があるんだろうね。そうそううかつにそんなことは言えないはずだよ」

「…誰が、そんなことを?」

「まともに考えるなら、まず疑われるのは僕と柚流だろうな」

僕の言葉に、柚流の体がこわばる。

「どうして!」

「そりゃそうさ。親父達を殺して一番メリットがあるのは、遺産を受け継ぐことができる僕達に決まってる」

怒るかと思ったけれど、柚流の反応は違った。

「どうして今、そんなことを?

柚流の声が変わっている。事故現場での雰囲気そのままの、冷静すぎるほどの声。いつもみんなの前で見せている彼女の姿が、そこにはあった。

「そう。別に、殺さなくたっていつかは受け継げるんだよ。いまここで行動にでる理由がない。しかも僕は大学生、柚流は高校生だ。お互い、まだ後見人が必要な年だよ。実権を握る気にしても、せめて成人してからじゃないと。

…それと疑いを受けるのは、また別の話だけど」

僕の言葉に、彼女もうつむく。

この状況で無罪を主張したところで、何の意味もない。有罪の主張も意味がないだろうけど。

ただ、警察からの、親族からの、世間からの、疑いが降り積もっていくだけ。

 

「だから僕達が疑われないようにするには、まず事件を調べなきゃいけない。真犯人がいるかどうかなんて、どうだっていいんだ。事件の日の行動や背景だけでも、明らかにしておかないと」

「…具体的には、どうすればいい?」しっかりと感情を鎧った声で、尋ねる柚流。

「焦点はいくつかある。どうして親父たちが一緒の車に乗っていたか、親父たちに恨みがあるひとがいたか、仕事や家庭でトラブルがあったか、平凡だけどその辺だろうね。

柚流は芹沢を調べてくれ。僕は桐生の方を調べる」

「わかった」

彼女がうなずくのを、背中越しに確かめる。

 

「それから、お互いの親族が暴走しないようにできるかな?

「どういうこと?」

「疑惑をお互いの家に擦り付け合うのが、一番手っ取り早いやり方だから。

もともと、普段からそういう、敵を作るやり方でお互い企業を統治してるから、今度だってそうするやつがいるかもしれない」

「…それなら、いっそやりたいようにやらせてみれば?

冷たすぎる声で、柚流は言い放つ。

「そのほうが、少なくとも身内はまとまるし」

 

「…ダメなんだよ、柚流。そのやりかたは」

「どうして?」少し首を傾げる柚流に、説明する。

「ただでさえ対立してるんだ。この上、お互いに当主を相手に殺されたと考えれば、血みどろの対決が起こったってちっとも不思議じゃない。そうすると、地域的にも企業イメージ的にも再起不能のダメージを受ける可能性がある。

内部対立なら、コップの中の嵐で抑えられるから。

それに…」

「それに?」

「そんなことになったら、柚流をあきらめなくちゃいけない」

僕の言葉に、柚流は耳の先まで真っ赤になってうつむいた。

普段クールな柚流のそんな姿は、いつみてもかわいい。

 

けれど、それに続いた言葉は、やっぱり冷徹なままだった。

「でも、私たちの力じゃたぶん抑えられないよ」

柚流の言葉に、苦くうなずく。

そんなことは、さっきの警察とのやり取りで、痛いほど思い知らされた。

「……確かにね。でも、僕の言ったことを理解してくれる人だっているはず。それに賭けるしかない」

「……そうだね。親族以外のひとなら、ひょっとしてわかってくれるかも」

顔を見合わせ、小さくうなずきあう。

「うまくいくかどうかわからないけど、それでも、やれることをやっておかないと」

「あとで立場が悪くなる」

「……まあ、確かにそのとおりなんだけどね、柚流。それよりも…

なるべく、これ以上血は流したくないんだ。この街も会社も、好きとはいいきれないけど、だからってむやみに壊していいわけは、無いから」

ちょっとくさいせりふだったけど、柚流は小さく、でもはっきりとうなずいた。

 

「そうすると、後見人は早めに決めちゃったほうがいいよね、お互い。できれば明日にでも」

柚流の提案に、僕もうなずいてみせる。

「…そうだね。ここまで混乱してるのは、会社の主導権争いまで絡んできてるからだから。とりあえず会社だけでも収めちゃったら、あとはどうにでもなるし」

「これも、上手くいくかどうかはわからないけどね。リスクは少しでも減らしておいたほうがいいじゃない?

話が早いのはありがたい。

 

「あと、ほかにできることはあるかな?」

「いろいろあると思うよ。でも、いまいちばんやらなきゃいけないことは…」

振り向いた柚流が、いたずらっぽく笑う。

「このまま、じっとしてること」

そういって、彼女はゆっくりと僕の背中に身を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霧の中で僕らは3「霧の外」

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