翌日。とりあえず、遺体は返ってきていた。

変死なら行政解剖を行い、何日間も警察で調査をしなければいけないはずなので、遺体自体におかしなところはなかったのだろう。

この事故自体にも、不審な点は見つかっていないはずだ。車に細工してあったとか、そういう話も聞かない。まあ、あれだけぐちゃぐちゃになってしまっていたら、車を調べることなど不可能に近いだろうけれど。

つまり、この時点で明白に不審なのは、たった一点だけ。

「桐生と芹沢の当主が、同じ車に乗り合わせ、そしてみんな死んでしまった」ことだけだ。

よって、この四人が会う理由を、接点を見つけることさえできれば、それでゲームセット。

 それから、念のためにもう一点。まずないとは思うけれど、事故を起こした運転手の背後関係だ。

彼に、何か特別な事情があったのか。例えば膨大な借金があって、自分が死んでも返す必要があったり、なにか特別な恨みがあったり。

月並みだけど、思いつくのはそのあたり。

その二点だけなんだ、調べなければいけないことは。

…それが言うほど簡単なことなら、ずっと良かったのだけれど。

 

遺体が返ってきたので、いよいよ葬儀がはじまる。

まず、今日は仮通夜。明日が通夜で、告別式は明後日。

仮通夜と通夜は親族が一晩中付いていなければいけないので、徹夜になる。

といっても、葬儀屋にこまごまとした点は任せてあるし、間に合わない点や折衝は基本的に親族だ。

僕は話を聞いて、許可を出す。そして弔問客に一応の挨拶をするだけ。

会社関係の人が多く、ほとんど顔はわからない。

康彦叔父や度会さんたちが紹介してくれて、後の会話を引き受けてくれる。

それでもこれだけの数がいれば、挨拶だけでも一苦労だ。

 

 

ひと段落着いてから、

「ちょっと、話があるんです」

主だった関係者を集めて、僕はおもむろに切り出した。

「どういったお話ですかな?

「会社のことなんですが」

列席者に、緊張のさざなみが走る。

それを無視し、僕は続けた。

「やはり、今後のこともありますし、早めに会社関係のことだけでも決めておいたほうがいいと思うんです。ですから、僕の後見人と会社の社長だけでも、今からもう決めてしまいませんか?

「…どなたか、意中の方でも?

「ええ」

できるだけさりげなく言ったつもりだったけれど、その一言はやはり大きな波紋を呼んだようだ。

「しかし、その方がもしこの事件と関係があったとしたら、いったいどうなさるおつもりですか?

康彦叔父が言い募る。

「…それは、今ここではわからないことでしょう?」

「ええ。だからこそ、しばらく…そうですね、警察の結論が出るまで、この件は棚上げにしたほうが良いと存じますが」

何人かから、賛成の声が上がる。

…これは、無理かな。でも、それなら次善の策はある。

 

「しかし、こんな雰囲気のままではあらゆることに支障が出ます。第一、警察が結論を出すのは何ヶ月も後になるかもしれません。それまでずっと、このままの状況で、いいわけがないでしょう」

「それでは、いったいどうなさるおつもりですか?」

「まず、この件に対するグループの結論を出しておく必要があると思うんです」

「どういうことですかな?」

「どうも警察の捜査には時間がかかりそうです。だからその前に、グループ内で疑わしいと思われる点を全部調べ上げて、こちらで結論を用意しておきましょう。十分に整合性のあるものなら、向こうも文句は言わないはずです」

「いってきた場合は?

「それくらいはどうにでもなるのでは?」

僕の言葉に、何人かが苦笑する。

それくらいの影響力をグループに期待してもいいはずだ。

 

「では、どなたが調べますかな?」園村さんが口を開いた。

「僕に任せてもらえませんか?

「孝弘さんが?

「ええ。やはり父のことですし、できる限り自分で調べたいんです。真相を」

「しかし、葬儀のことでいろいろご相談しなければいけないこともありますし…」

「でも、僕がいても特に役に立つことはないでしょう。葬儀関係で僕が決定することは、いまのところないですよね?」

「…ええ、まあ。後は我々だけでなんとかできることばかりですが…」

「小さなことは事後承諾でいいですよ。こういったことは何よりも経験がものをいいますし」

僕の言葉に、あたりの人が顔を見合わせた。…といっても、結論はわかっている。今一番動く余裕があるのは、この中では僕しかいないのだから。

「わかりました。ただ、まだ来客の方がいらっしゃるかもしれませんので、まずは家の中でできることからやっていただきたいのですが」

それはそのとおりだ。うなずいて、まずは手の空いたものから順に聞いていくことにした。

 

まず一人目は、専務の園村さんだ。遺産と関係のない人だし、小手調べとしてはちょうどいい。

さて、なにから聞くべきか。

あの日はいったい、何をしていましたか?と聞こうとして、それに意味のないことに気づく。

あの状況で他殺とするなら、親父たちを意のままに動かせなければいけない。あの状況であの場所に、親父たちを誘導しなければいけないのだ。

スケジュール調整を聞くべきであって、アリバイなんかはなから意味がない。

調べるべきことは…

 

「あの日、父と母が芹沢と会うことを、ご存知でしたか?

「いえ」

短い返事に、少しだけ眉根を寄せる。

「しかし、そういったスケジュールはある程度知っているはずでは…?」

「あの日は日曜ですよ。もちろん休日です。プライベートのことまではわかりませんよ」

軽くいってから、僕のほうを不審げな面持ちで見返した。

「むしろ、あなたのほうがなにか知っているんじゃないですか?

「どうして僕が?

「違いますか?社長がプライベートの時間に動くということは、両家の私的な問題について話し合うからだと思っていたのですが」

…考えたこともなかった。確かに、一理ある。けど…

「父とあちらの当主に接点があるのなら、芹沢と桐生という企業の主としてでしょう。お互いに個人として会う、どんな接点が、必要性があるというんです?」

そう。動機が全くない。

「それこそ、私の知らない何かが…」

「僕だってもちろん知りませんよ。この何ヶ月か、霧原にはいなかったんですから」

僕の言葉に、しかし彼は納得したようには見えなかった。

 

「芹沢と、会社として話し合うことはなにかありましたか?」

「ありません」即座に答えが返ってきた。まあ、予想できたことではある。

「では、質問を変えます。正直に、芹沢と話し合うことがあったとして。それを重役会議に出せる雰囲気はありましたか?

僕の質問に、彼は苦笑いを浮かべる。

「とても無理ですね。口の端にちょっと乗せただけで、ひっくり返るような大騒ぎになっていたでしょう」

「ですよね。だから、芹沢と話し合うことは他の重役に秘密にしておく必要があった。こう考えることはできませんか?

僕の問いに、園村さんは首を振る。

「そうだとすると、ますます私に聞く意味はないと思いませんか?いくら親しくとも、私を含め、会社のものにそんな情報を漏らすはずがないですよ」

 

確かに、彼の意見は正しい。この線からの追求は、無理と言うものだろう。

だから、僕は質問を変えた。

「最近、父の仕事がらみで、何かトラブルはありましたか?」

この問いにも、彼は首を振る。

「いえ、そういったことはとくにありません」

「本当に、何もなかったんですか?」

重ねて問うたが、彼の答えは同じだった。

「少なくとも、仕事の面においてそこまでのトラブルはありません。警察にも話したんですが、他の重役との関係がおかしくなっていたなんてこともありません。それは、小さな意見対立はありましたが」

「その意見対立を、聞かせてもらえませんか?」

そういうと、彼の顔にほろ苦い笑みが浮かんだ。

「みなさん、そうおっしゃるだろうとは思っていました。そこを疑うだろうとはね。しかし…」

 小さく首を振り、彼は続ける。

「企業に意見対立はつきものです。まったく同じ考えの人だけが足並みをそろえだしたら、その会社はおしまいです。深刻でない対立は、無いほうがおかしいんですよ」

「今回の対立は、その類だったと?」

「ええ。微妙な対立ですし、わざわざそんな手間をかけて社長を殺す意味が見出せないんです、いくら考えても」

この線からも無理か。すると、ほかには…

 

「誰かから恨みを買ったと言うことは?

「それも考えにくいです。私生活面のことでは孝弘さんのほうが詳しいでしょうが、こと公的な面においては」

「しかし、まったく恨みを買っていないということも…」

言いかけて、苦笑する。

「たぶん、これも警察が聞いたんでしょうね」

「ええ。一字一句間違いなく。

…そんな聞き方をすれば、否定のしようが無いんですよ。私にはそんな心当たりは無いんですがね」

園村さんの顔にも、諦めと苦笑が浮かんでいた。

どうやら本当に、思い当たる節はないようだ。

他の何人かにも裏づけをとって見なければいけないけど、たぶん間違いないだろう。

 

「他に、どんなことでもいいですから、なにか変わったことはありませんでしたか?

大して期待してはいなかったが、一応食い下がってみる。

同じように首を振りかけた彼は、しかしそこで何かに気がついたように、一度だけ目をしばたたかせた。

「そういえば、おかしな噂がはやっているようですな」

 

「噂?」なにか、事件に結びつくような重大な事柄なのだろうか。勢い込んで尋ねる僕に、しかし彼が返した言葉は予想もできないものだった。

「ええ。なんでも、童謡か昔話かに、でてくるそうですよ。鷹の背峠には鬼がいると。その鬼が、今度の事故を起こしたのだと」

 

「鬼?」思わず、笑い出した。「車をスリップさせる鬼ですか」

大笑いしながら言ったのだが、向こうは真剣だった。

「いや、笑い事じゃないですよ。信じたがってる人がいるんですから」

「信じたがる?」その言い回しに、引っかかった。「信じる、ではなくて?」

「そんな与太話、信じる地元のものがいるもんですかね。信じたがるのはマスコミですよ」

「…!!」急に、殴られたような気がした。

「格好のネタですからね。私だって彼らの立場ならそうするでしょうよ」

「新聞にはそんなことは載っていませんでしたよ」

「そりゃ載りませんよ、スポーツ新聞じゃないんですから。テレビと週刊誌ですね、うるさいのは」

道理で、今日は取材陣の数が多いはずだ。

「いつから、そんな噂が?

「そんなに前ではないですよ。少なくとも、昨日は全く耳にしませんでした」

「…すると、まさか今日?

「だと思います。ひょっとしたら昨日なのかもわかりませんが、私の知っている範囲では今日の朝のようですな」

「ずいぶんと回りの速い噂ですね」

ふつう、こんな怪しい噂が遺族の耳に入るのなんか、かなり噂が広まって、誰もが知るようになってからだろう。

「まだご親族の方には伝わっていないかもしれませんな。私も偶然小耳に挟んだだけですし。ただ、それからずっと広まってきていることは確かです。いずれ皆さんの耳にも入るでしょう」

迷惑な話だった。

「…しかし、そんな伝説、聞いたことあります?

「私はないですな。初耳です。だから今、マスコミの連中はこの伝説を知っている人を必死で探しているんじゃないですかな」

「そんな伝説が、どうして流れたんでしょう?

僕の問いに、彼は首をかしげた。

 

 

雄策叔父は、ちょうど来客との会話を終えたところだった。

「おお、孝ちゃん!大丈夫かね?

「大丈夫ですよ、やることがあったほうが気がまぎれますし」

僕の答えに、一瞬彼の顔が曇る。が、すぐに明るい顔になって、頷いてくれた。

しばらくして、大塚さんと同じ質問をしてみる。

「両親と芹沢の当主が一緒に車に乗ることを、知っていましたか?

「いや」簡潔な答え。

「全く知らなかったよ。もし知っていたら、なにが何でも止めただろうな」

「最近、仕事がらみでトラブルは?

「なかったよ。小さいのはそりゃああったが、あんなので人を殺すやつなんかいない」

他にもいくつか質問をしてみたが、園村さんとほぼ同じ回答だった。

「じゃあ最後に…」と前置きし、さっき聞いた伝説を話す。

「こういう伝説が流れているそうなんですが、聞いたことはありますか?

これに、叔父は小さく首を振った。

「いや、初耳だが…とんでもない話だ。そんな祟りとやらを受けるようなことを、兄貴が…社長がしているわけがない。向こうはどうだか知らないがね」

向こうも同じことを言っているだろうし、たぶんどちらも、祟りなどとは縁があるとは思えない。

こういった、小さな地方都市に根を下ろしている企業は、地元の評判にとても気を遣う。いくら大企業とはいっても、地元にそっぽを向かれれば会社が立ち行かなくなることくらい、誰でも知っている。

わざわざ地元の反感を買うようなことをするとも思えない。

けれど、そんなことは口に出さず、僕は叔父の話をずっと聞いていた。

 

 

康彦叔父は、僕の姿を見ると銀縁の眼鏡のフレームを押し上げ、直立不動の体制をとった。

…このひとは、いつもそうだった。

神経質なくらい堅苦しくて、いつも背筋を伸ばしている。

ただ、特に父や雄策叔父と不仲と言うことはないはずだった。少なくとも、昨日までは。

「先ほどの件ですな。なんなりと質問してください」

「両親と芹沢の当主が一緒に車に乗ることを、知っていましたか?

「いえ、知りませんでした」

予想通りの答え。

「知っていたら、どんなことをしても止めました。当然でしょう?

「最近、仕事がらみのトラブルは?

「ありませんでしたな」

「しかし、小さな対立があったと…」

 園村さんに聞いたことを、あえて聞いてみる。

 康彦叔父は、特に動揺もしなかった。

「あなたが誰からその話を聞いたのか、わかるような気がします。しいて言えば、今後の方針についてなのですが」

「どんな対立だったんですか?

「桐生専務は安全策を、私は積極策を主張したわけです」

「なるほど」

性格からすれば反対かもしれないが、背負ったものを考えれば納得のいく話だ。

年齢でも地位でも、雄策叔父のほうが康彦叔父よりは上にいる。

彼は得点を稼いでおきたいし、雄策叔父はミスを犯したくない。攻守の違いだ。

「とはいえ、これが動機になるとは、全く思えないんですがねえ」

あの神経質な康彦叔父も、首をひねる。

そこに嘘があるようには、思えなかった。

さらにいくつか質問をかさね、最後に伝説について聞いてみる。

「…なんですかな、それは?」

案の定、叔父は少しだけ面食らったようだ。が、すぐに苦笑する。

「聞いたこともありませんが、まさか信じていらっしゃるわけではないでしょうな?」

あまりにも康彦叔父らしい反応に、ちょっとおかしくなった。

「いや、もちろん信じてなんかいませんが。その噂を流した元がわかれば、何かわかるかもしれないと思って」

僕の答えに、叔父は今度こそ顔をしかめた。

「おやめなさい。別に何かあるわけでもないでしょうよ」

その反応に、少なくとも嘘があるようには見えなかった。

 

 

 

 

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